はじめに
生殖補助医療(体外受精・顕微授精・胚凍結融解胚移植など)は不妊治療にとって欠かせない治療となっています。
日本産科婦人科学会の登録・調査小委員会の報告によれば、日本における2022年の治療実績は、治療周期総数が543,630周期・採卵総回数が275,296回・移植総回数が291,611回(うち凍結胚を用いた移植総回数は260,101回)と世界でも有数の生殖補助医療大国となっています。
更に、同報告によれば体外受精新鮮胚移植では移植当たりの妊娠率が21.9%(生児獲得率15.5%)、凍結融解胚移植では移植当たりの妊娠率が37.8%(生児獲得率27.0%)となっており、成功率から見ても未だ発展途上の医療技術といえます。
今後の方向性としましては、単胎妊娠を推奨しており、出生児の⻑期予後についても不妊治療施設が積極的に状況を把握していくことが求められています。生殖補助医療は単に妊娠を目指すだけの治療ではなく妊娠・分娩の安全性を図り、出産した児の⻑期健康状態をフォローアップしながら行う治療であると考えております。

適応
原則として、体外受精・胚移植法は下記の条件を満たす方を対象とする治療です。
◦ 婚姻関係にあり、お子様を希望する心身ともに健康なご夫婦で、妊娠・分娩や育児のできる人
◦ 成熟卵の採取・着床、及び妊娠維持が可能でこれ以外の医療行為によっては妊娠成立の見込みがないと判断されるご夫婦(原因1〜5)
①卵管性不妊症:卵管が両側とも閉塞している人、卵管形成術などの治療が適応外あるいは無効であった人、卵管の機能障害のある人
②男性不妊症:乏精子症、精子無力症、精子奇形症などで数回の人工授精を行ったが妊娠成立しない人
③免疫性不妊症:抗精子抗体などが陽性の人のうち通常の治療法では妊娠成立しない人
④子宮内膜症合併不妊:薬物投与、手術療法が無効であった人
⑤原因不明の⻑期不妊の人
具体的な方法
体外受精・胚移植法は卵巣で発育した卵子を体外に取り出し(採卵)、精子と受精させ(媒精)、数日間体外で育て(培養)、得られた受精卵(胚)を子宮内に戻す(胚移植)方法により、妊娠成立を目的とする不妊治療です。

採卵手術
排卵誘発剤によって大きくなった状態の左右の卵巣はほとんどの場合、腟の奥の壁(腟円蓋)に接して存在しているので超音波検査装置で確認しながら採卵用の針を進めることにより、卵胞を穿刺して卵胞内容液を吸引して卵子を回収します。ただし、卵巣や子宮の腫瘍や癒着により穿刺が困難な場合もあります。経腟的アプローチが困難な場合、経腹的に穿刺することもあります。採卵手術は局所麻酔と静脈麻酔下で行います。
媒精
採卵日にご提出していただいた精子を一定濃度に調整し、採卵手術で得られた卵子と共にシャーレの中で混和させ、受精させます。採卵当日のご主人の精子の状態によって、体外受精での受精が困難であると判断した場合は顕微授精を推奨することもあります。(顕微授精の説明書をご参照ください。)採卵の翌日に受精したかどうかを確認します。
採卵した卵子を前処理した後、顕微鏡下でホールディングピペットを使用して保持します。その卵子に同じく前処理した精子を細いガラス管で注入し受精卵を得ようとする方法が顕微授精(ICSI)です。この方法により受精能の低い精子でも受精させることができるようになってきました。精液中に精子が全く見つからない場合には精巣から組織を採取してその中から精子を回収し、顕微授精を行う方法(TESE-ICSI)もあります。また、採卵数が多く、精子に受精能力がある可能性も否定できない場合に、採卵した卵子を2組に分けて半分を通常の受精方法、半分を顕微授精にすることもあります。(スプリット ICSI)
培養
順調であれば、受精後48〜72時間で4〜8分割胚と呼ばれる状態にまで成⻑します。この状態にまで成⻑すれば胚移植が可能となります。胚の状態によっては受精後5〜6日目胚盤胞まで培養することがあります。
胚移植
採卵当日より、着床しやすくするために⻩体ホルモン製剤の腟錠もしくは内服薬を使用します。受精卵(胚)の状態を観察し、妊娠の可能性がある胚を子宮内に戻します。(胚移植)通常は採卵後5日目の胚盤胞を用いて胚移植を行いますが、胚の状態により2〜3日目の胚を戻すこともあります。良好な胚がほかにもできた場合には、胚を凍結保存しておくことも可能です。
採卵した周期とは別の月経周期に凍結保存している胚を融解させ、子宮内に戻す(移植)ことで妊娠の成立を目指す治療法です。移植を行う際は、毎回「融解胚移植の同意書」をご提出していただく必要がございます。胚移植までは、自然周期あるいはホルモン調節周期により管理し、妊娠しやすい子宮内環境にします。
リスク
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
不妊治療の薬で卵巣が腫れ、お腹に水がたまることで腹痛や吐き気の症状が起きる病気。PCOSや若い方はなりやすいといわれます。
出血や感染症
採卵の手術では、卵子を採取するために卵巣に細い針を刺すため、出血や感染症のリスクがあります。
腹腔内出血
採卵の際に卵胞を穿刺するため、腹腔内に多少の出血が見られます。ほとんどはそのまま吸収されて消えますが、血管の損傷などがあると出血が多量となり、輸血が必要となり、開腹手術が必要となる可能性も否定できません。わずかながら危険性はあることを留意しておいてください。また、自宅に帰ってから腹痛、気分不良、目の前が真っ暗になる、冷や汗をかく等の症状がありましたら直ちにご連絡ください。
骨盤内感染症
採卵後細菌などによる骨盤内感染を起こすことが稀にあります。その場合、採卵後数日経ってから強い腹痛や発熱が出現します。もともと卵管や卵巣周囲に慢性炎症のある人に多く見られます。抗生物質の投与により軽快しますが、炎症が強い場合はその周期における胚移植を中止することがあります。
血液製剤使用による感染症
卵子や胚を培養する際にいろいろな培養液が用いられます。これらの培養液には卵子・胚の発育に必要な成分として、アルブミンという、血液中の成分が添加されています。このアルブミンは現在行われている検査で安全が確認された血液から生成されます。現在までにこれらの培養液により感染症が起こったという報告はされていませんが、血液製剤内のウイルスなどの存在を完全否定できない状態にありますので、培養液には血液成分が添加されている事をご認識ください。
多胎妊娠
多胎妊娠は単胎妊娠に比べ、周産期死亡率が高いといわれています。多胎を防ぐため、日本産科婦人科学会では「生殖補助医療の胚移植において移植する胚は、原則として単一とする。ただし35歳以上の女性又は2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する」とされています。
当院ではこの見解に従い、子宮に移植する胚の数を原則1個とし、症例によっては(35歳以上、反復妊娠不成立など)2個の胚を移植することも可能としています。余剰胚は凍結保存することができます。凍結保存を希望される場合は、別紙「凍結の説明書」をお読みいただき同意書をご提出ください。胚移植・凍結保存に供さない胚は廃棄します。